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イギリスの街並みと自然光

  • 執筆者の写真: 展覧会設計ゼミ
    展覧会設計ゼミ
  • 11 分前
  • 読了時間: 6分

(8/18 Christchurch 18:19)

こんにちは。家村ゼミ3年生のKです。


私は、8月にイギリスのボーンマスに留学していました。滞在中は、美術館や博物館、歴史的な建築物などを巡りましたが、今回の滞在を振り返ったとき、強く印象に残っているのは、特定の作品や展示だけではありませんでした。


それは、街を歩いているときに目にしたです。


ボーンマス、ロンドンやオックスフォードの街を歩いていると、建物の壁面に落ちる影や、路地の奥に差し込む光、窓から取り込まれる光など、自然光によって街の表情が刻々と変化していることに気づきました。


普段、私たちは建築を見ると言うと、建物の形や装飾、素材、歴史などに目を向けます。しかし、今回の経験を通して、建築そのものだけではなく、そこにどのような光が存在しているのかという視点から街を見ることもできるのではないかと考えるようになりました。


(8/23 Oxford 14:55)

イギリスの街を歩いていてまず印象的だったのは、建築と光の関係でした。


特にオックスフォードでは、石やレンガによって構成された歴史的な建物が多く、建物の凹凸に沿って光と影が現れます。


同じ壁面であっても、太陽の位置によって明るく照らされる部分と、影に覆われる部分が生まれます。さらに、建物の高さや道路の幅、窓の位置によって光の入り方も変化します。


つまり、街の見え方は建物そのものによって決定されているわけではありません。


建築と太陽の位置、時間、天候、そしてそこを歩く人の位置関係によって、その瞬間の風景がつくられているのです。


そう考えると、街というものは固定された物ではなく、時間の経過によって変化し続ける現象として捉えることができるのではないでしょうか。


(8/20 Poole 19:02)

展示空間について考えるとき、照明は非常に重要な要素です。


美術館やギャラリーでは、作品をどのように見せるのかという目的に合わせて、照明の位置や明るさ、色温度などが慎重に計画されています。


一方で、自然光は基本的に完全にはコントロールできません。


時間によって太陽の位置は変わり、天候によって光量も変化します。同じ場所に同じ作品を置いたとしても、朝と夕方では見え方が異なり、晴れの日と曇りの日でも空間の印象は変わります。


それでも私たちは、その変化を含めて空間を経験しています。


今回、街を歩きながら考えたのは、自然光をデザインするとはどういうことなのかということでした。


自然光そのものをデザインすることはできません。しかし、窓の大きさや位置、壁の厚み、建物の向き、空間の奥行きなどを設計することで、光がどのように入ってくるのかをある程度予測することはできます。


つまり、光を直接つくるのではなく、光が現れるための条件をつくることが、空間を設計するということなのかもしれません。


(8/22 London 11:25)

このことは、展示について考える上でも興味深いことだと思います。


展示では、作品を壁に掛けたり、台に置いたりするだけではなく、作品と鑑賞者の間にどのような環境をつくるのかが重要になります。


例えば、同じ作品であっても、真っ白な空間に均一な照明のもとで展示する場合と、自然光の入る空間に展示する場合では、鑑賞者が受け取る印象は大きく異なります。


さらに、自然光の場合、鑑賞者が作品を見る時間によっても条件が変わります。


これは、展示空間を完成した状態として考えるのではなく、時間の経過を含めて考える必要があるということでもあります。


今回イギリスで見た街の風景には、そうした時間によって変化する空間の面白さがありました。


朝には壁面を斜めから照らしていた光が、数時間後には別の方向から差し込み、同じ場所であってもまったく違った表情を見せます。


その変化は、作品を動かさなくても、作品を見るための環境そのものが変化しているということです。


(8/22 London 17:34)

もう一つ興味深かったのは、光の見え方が自分の立っている場所によって変わることでした。


建物の正面から見たときには明るく見えていた壁が、少し横に移動すると影の中に入る。細い路地を歩いているときには見えなかった空が、角を曲がった瞬間に大きく開ける。


このような経験から、空間は単純にそこにあるものではなく、身体がその場所を移動することによって立ち現れるものなのではないかと考えました。


これは展示空間について考える際にも重要な視点だと思います。


鑑賞者は、展示室に入った瞬間から作品を同じ位置で見続けるわけではありません。歩き、立ち止まり、近づき、離れ、ときには別の作品へ視線を移します。


その身体の動きによって、作品の見え方だけでなく、空間そのものの経験も変化します。


そう考えると、展示を設計するということは、作品を置く場所を決めるだけではなく、鑑賞者がどのような身体的経験をするのかを想像することでもあるのだと思います。


(8/19 Poole 18:05)

今回のイギリス滞在では、数多くの美術館や博物館を訪れました。


そこで展示を見ることはもちろん大きな学びになりましたが、それと同じくらい、そこへ向かう途中に歩いた街から考えさせられることがありました。


美術館の展示室では、作品を見せるために空間が意図的につくられています。


しかし、街では、建築、道路、天候、時間、光、そして人の身体が複雑に関係しながら、その瞬間にしか存在しない風景が生まれています。


そう考えると、街そのものも一種の展示空間として見ることができるのかもしれません。


もちろん、美術館の展示と街をそのまま同じものとして扱うことはできません。


しかし、何かを見るための環境をつくるという点では、両者の間に共通する部分があるように感じます。


(8/18 Christchurch 17:53)

今回の滞在を通して、私は作品を見ること空間を見ることを切り離して考える必要はないのだと改めて感じました。


作品の色や形だけではなく、それが置かれている壁、床、窓、光、影、そしてそこを歩く鑑賞者の身体まで含めて、一つの経験がつくられています。


特に自然光は、照明器具のようにスイッチを入れて終わりではありません。


時間によって変化し、天候によって揺らぎ、鑑賞者の立つ位置によって見え方も変わります。


だからこそ、完全にコントロールできないものを空間の中にどう取り込むのかという点に、展示設計の面白さがあるのではないでしょうか。


イギリスの街を歩きながら、何気なく目にしていた光。


最初はきれいだなと感じて写真を撮っていただけでしたが、改めて振り返ってみると、そこには建築と時間と身体が複雑に関係していました。


これから展示を考えるときには、作品をどう置くかだけではなく、作品の周囲にどのような光があり、鑑賞者がどのようにその空間を経験するのかというところまで考えてみたいと思います。



私たち家村ゼミは、10月3日からアートテークギャラリーにて自然光による展示を行っています。今回のゼミ展において作品と空間がどのように調和しているのかぜひ会場で確かめに来てください。

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