top of page
検索

記憶の旅路〜家村ゼミ展ドキュメント制作秘話〜

  • 執筆者の写真: 展覧会設計ゼミ
    展覧会設計ゼミ
  • 2025年11月30日
  • 読了時間: 6分

 降りそそぐ秋の色は、儚く去りゆくあの日々を思い出す。暖色に彩られた巨大な鳥籠の中で四季の移ろいに想いを馳せる今日この頃。私はどこか上の空で、瞼を閉じた先には文字が踊っていた。


多摩美術大学芸術学科棟・3F渡り廊下から見える11月の景色。
多摩美術大学芸術学科棟・3F渡り廊下から見える11月の景色。

 ドキュメント制作。それは、家村ゼミの活動において中核を担うプロジェクトの1つである。

展覧会会期が終わり、10月も中頃。余韻もそこそこに、我々は超大作である1年の活動記録、という名の展覧会をもうひとつ完成させなければならない。

 毎年この時期に綴られる文字達は、既に誰かの言葉としてこの世に生を受けたものと、記憶を呼び起こして自らの言葉で命を与えなければならないものの2つがある。絶賛瞼の裏に張り付くほど文字を羅列させている原因は後者だ。

 言葉で記録されていない姿を文字で露わにするとき、まず時系列で記憶を辿る。まさかこの私があの鮮烈な日々を忘れるわけないだろう、と意気揚々と記憶の蓋を開け、数分もしないうちに頭を抱えた。見事な虫食い状態だ。自分が手を動かし目に焼き付けた映像の記憶はすぐに出てきたものの、見えていないところではいつ何を進めていたか、その時の光景がまるで思いあたらない。そもそも、知らないくせして無理やり掘り起こそうとすること自体が間違いである。最近話題の某ライブエンターテインメント施設でも、1つのアトラクションで様々な事象が同時に発生するから、知らない出来事がそこらじゅうで起き続けているらしい。つい先日、その施設を貸切にして取材をしたインフルエンサーがいたが、たった1人のために演者が総動員したそうだ。流石としかいいようのない手の込みように、まだ体験したことがない私はすぐにでも行ってみたくなった。その時もやはり全貌は分からず、本人が立ち寄ったエリアしか把握することが出来なかったらしい。そう考えるとやはり、大人数で分担して同時並行に行った作業に関わった1人の記憶など、たかが知れているだろう。


ゼミ中はどこからともなくお菓子が現れることがある。疲れた頭にはこれが染み渡る。
ゼミ中はどこからともなくお菓子が現れることがある。疲れた頭にはこれが染み渡る。

 ドキュメントにおける私の担当箇所はいくつかあるが、その中でも特に力を入れて取り組んだのが「実験①」と「実験②」を構成するページだ。ここでは家村ゼミ展恒例のアートテークギャラリーを借りて本番さながらに行う実験の全貌を、細部まで細かく綴らなければならない。実際にやったことだけではなく、取り組みながら考えたことや作業中に交わした会話の中で本番に繋がる重要な懸念点など、展覧会を作る中で出てきた問題をどのように解決していったか、その過程が大切になってくる。実験では本番までには必ず解決しないといけない問題のあれこれを洗いざらい見つけ出し、早期発見と共に本番に備えて対処法を考える。つまり実験の段階のうちに多くの失敗を経験して、本番で確実に成功を収めるのだ。

 ゼミ活動の多くは外から見えない部分だが、大半が展覧会を構成するにあたって基盤を担う重要な活動である。展覧会を開催することがゴールではなく、展覧会がどのように企画されているのか、どれだけの試行錯誤を凝らして完成に到達するのか。そこまで含めて考察するのがこのゼミの醍醐味だ。


ドキュメント制作において項目は無数にある。計画的に進めるため、ゼミ生で締切を細かく設定する。
ドキュメント制作において項目は無数にある。計画的に進めるため、ゼミ生で締切を細かく設定する。

 しかしなんといっても当時の資料の少なさ!実験は1日を通して全員が現場で動くため、記録を細かに取っている時間が満足に用意されていない。それでも、その場で咄嗟に取ってくれた発言のメモとその日やったこと、気づいたことをまとめてくれた、素晴らしい気遣いによる大変ありがたい議事録が残っていた。それが私の心強い味方だ。とはいえこの装備で太刀打ちするのは困難を極めるであろうと想像が容易い状況である。面白い、やってやろうじゃないか……。

 そうは言ったものの、そもそもの情報量が少ない様じゃ満足度の高い濃い文章など書けやしない。何か見落としがあるんじゃないかと手がかりを探し続け、路頭に迷い天を仰いだ時。突然、一筋の光が目の前に舞い降りた。それに気づいた瞬間、急速に視界が開けていく。あまりにも、簡単なことだったのだ。しかしそれは、暗闇を途方もなく彷徨っていた私にとっては、紛れもない救世主だった。


 写真は、記憶を鮮明な形で色濃く残してくれる。そして、撮影した写真が並ぶギャラリーでは、1枚ずつ記録されている撮影した日付や場所を見ることができる。そこにはもちろん、「撮影時刻」も分単位で刻まれている。……思い至った途端、頭の中で溢れんばかりに湧き出てくる文章構成と項目、実験当日の記憶。

 あの日の私は作業に勤しみつつ、これでもかというほど写真を撮りまくっていた。スマホの容量を圧迫しても構わない、とにかく大量に記録を残すぞ、と。そして、実験の日の出来事を写真に残す意識は他の皆も同じようだった。自分のデータを見て時系列で追いつつ、手元で確認できない別の部屋で行われた活動や誰かの手元を大きく写した瞬間などは、他のメンバーが撮っていた写真を見て補うことができた。

 12:00〜19:00まで時系列に並ぶ写真の清々しさたるや。もう今の私に怖いものなどない。

 ゼミ生の動き、そして素材の扱い方や状態を見て、記憶も色鮮やかになっていく。あの日初めて素材に触れた手のひらの感触が、自然と戻ってきた。


家村教授からドキュメントの構成についてご指導いただいている様子。
家村教授からドキュメントの構成についてご指導いただいている様子。

 実験は設営と同じくらい、いや、設営以上に内容が濃い時間を過ごしたといっても過言ではない。事前の打ち合わせは行ったものの手探りであることには変わりないから、何が起きるかわからない。しかし、この努力を目の当たりにするのは関係者に限られる。我々がどれだけ苦労して完成形に辿り着いたか、その全貌を初めて世の中に大々的に公表できるのは、このドキュメントを読者が読んだ時なのである。展覧会の全てが凝縮されるドキュメントの中で、文字情報と写真だけでここまでの道のりで茨を掻き分け続けてきたことを伝えるにはどんな表現をしようか。読者の皆様に現場の風を感じてもらうにはどうしたらいいのか。

 ……その答えが出たかどうかは、是非とも今年度刊行されるドキュメントをお手に取って確かめて欲しい。



 家村ゼミ展 2025 「中村竜治 空間に、自然光だけで、フィルムを置く」のドキュメントは、3月発行予定。

 皆様がお手に取った際、家村ゼミの情熱を心ゆくまで受け取ってくださることを願って。


芸術学科3年 小野真里

コメント


©IEMURA seminar 2024

  • ブラックInstagramのアイコン
  • Black Twitter Icon
bottom of page